鍵を架ける


ー?準備できたぁ?」


 とあるホテルの一室。ジュニアスウィートのその部屋にはホテルらしからぬ生活感が漂っていた。 姿が見えないせいか、少し大きめな声で呼ばれた己の名前に、既に着替え終わっていた は、これまた少し大きめの声で返事をする。


「うん、できたー」


 その声から場所を辿って洗面所までやって来たシャルナークに がくるり、と一回転して見せると彼は笑った。 最初の買い物のときにシャルナークに買ってもらったお気に入りのワンピース、 何よりこれから久々に出掛けられる、と浮かれていたのを隠そうともしなかったことに 今さらながら恥ずかしくなって頬を染めた を見て、それをわざと助長させるかのようにシャルナークは言い放った。


「うん、可愛い」

「ちょっと・・・派手、じゃない?」


が照れながらもおそるおそる尋ねてみると、シャルナークはくすり、と笑った。


「よく似合ってるよ」

「・・・そう?」

「そうなの」


シャルナークがあまりに自信満々に言うものだから、いい気になりそうで怖いとは思った。


「ホームだから人数も結構揃ってるだろうけど、緊張しなくていいから」

「でも、ちょっと怖いよ・・・」

「なんで?」

「・・・なんで、って」

「まぁフェイとかフィンは、最初は感じ悪いかもね」


 シャルナークはさらっと、それはそれは何でもないことように言うが、正直怖い。 蜘蛛である彼らが実力者、ということもあるが、その前にシャルナークの仲間であり、やっぱり蜘蛛だから。 本当はシャルナークの傍にいられるだけで満足すべきなのかもしれないけれど、 彼の仲間には、蜘蛛には認められたいと思ってしまうのだ。
 本という媒介を通してが彼らのことを一方的に知っている・・・いや、情報を持っているだけなのだけれど、 たとえそういう風にでも、己が好意を持った人間に認められないのはやっぱり哀しい、から。
 不安が露骨に顔に出ていたからか、シャルナークが一応、励ましてくれる。


「大丈夫だよ、・・・多分ね」

「多分って!」

「ははは・・・」


そう言って笑う彼に少しだけ、ほんの少しだけだけれど、殺意が芽生える。 それでも、何かに期待しながら、聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声で呟いた。


「・・・殺されそうになったら助けてね」


シャルナークは少し驚いたように目を見開くと、すぐにニヤリと笑って言った。
それがどれだけ私の躰中の血液を沸騰させるか知りもしないで。
あぁ、いや、むしろ知っていて、わざと言葉を選ぶのだ。


「傷ひとつ、つけさせないから安心して」

「ッ!・・・フェミニストめ」

限定のね」

「・・・・・・」

「俺のモノだもん」


 精一杯かわしたのに、倍以上になって返ってくる、いつものこと。嬉しいのに悔しい。私のこの想いが見抜かれていて、遊ばれている気がするから。
それでもやっぱり愛する人から囁かれる睦言は嘘だとしてもこんなにも私の心を揺るがす。
悔しくて無意識のうちに噛んでいた唇を、その指に触れられて、噛むのをやめた。
それを見てシャルナークは微笑って、顔を近づけて。




――他の奴になんか壊させやしないよ

耳元で囁かれて、ピクッと躰が反応する。




「耳、弱いんだ?」

くすくす微笑う彼の前で、成す術などありはしないのだ。
ただ、耳まで真紅のバラのように染めるだけしか、できない。











これだけ

たったこれだけのやり取りが、どれだけ私を幸福にさせるか
あなたは知らないのでしょう



耳元にかかるあなたの息が、どれだけ私を感じさせるか
あなたは知らないのでしょう



それでいい



あなたは知らなくてもいい



あなたはわたしを想いやらずとも

わたしの醜い願いを知らずとも


ただわたしを捨てずにいてくれたら

ただわたしを厭わずにいてくれたら







それでいい







←BACK                                          →NEXT