鍵を架ける
「…消えたな」 そう独り言のように呟くクロロの静かな声が響いた。 「で?シャル。お前、ある程度は調べたんだろう?」 シャルナークは肩をすくめて、眉をすこし寄せ、困ったように微笑った。 「そりゃね。でも簡単なのしかわかんないよ。特質、ってわかった段階でクロロに任せちゃおうと思ってたし」 シャルナークの発言にクロロは少し不愉快そうに眉を顰めたが、シャルナークはそんなクロロを気にすることなく話を続けた。 「消える対象は無機物、有機物問わない。がまだ未熟だからか、念の限界なのかはわからないけど、 体積が1立方メートル以上のでっかい岩とかになると無理だった。そのときに一部分だけ消える、とかいうことはない。 消えるか消えないか、オールオアナッシング。あと、セイが意図しなきゃ物質は消えることはない。 一番最初に通常通り練をしたときには、床とかは消えなかったわけだからね。 つまり、セイが発をしよう、と思って、あるいは消そうと思って、念を向けた対象のみが消えるってことね。…こんなもんかな」 「ふむ。意思によって消えるか消えないか、オーラの質を換える…か。本当に珍しいな」 「俺にはわかんない」 「無機物、有機物、ともに消えたと言ったが、念や念で具現化したものは?」 「・・・あ」 クロロは呆れた、と溜息をつき、シャルナークはあちゃーと、頭を掻いた。 「・・・じゃあ今やるか。シャル、適当に具現化系能力者を連れて来い」 「え、俺たちじゃダメなの?」 「いや…少し気にかかることがあるから、どうでもいいやつがいい」 「…了解。適当な奴盗ってくるよ」 そう言った瞬間、シャルは消えるように行った。 「……」 「……」 シャルナークがいなくなって、その場は重い沈黙がクロロとの二人の間を支配する。 と、言ってもそれを苦痛に感じているのはだけなのだろう。 クロロは気にした様子もなく、先ほどまで読んでいたであろう本を再び開いて読み始めていた。 ++ 何をすることもなく、虚空を見つめる。 古びたシャンデリア、はげた天井、窓枠だけが残る窓、そこから差した光。 消す、消滅。それはとても怖いこと。なかったことにしてしまうこと。 消してしまったものはどこへいったのだろう。シズクの掃除機みたいにどこかへ行ってしまったのだろうか。 そこに存在していたものを“消した”のか、その存在を“初めからなかったこと”にしてしまったのか。 念能力は制約と誓約があるくらいだから、己の中での言葉による定義が重要になってくるはず。 特質系とわかったとき、驚いたというよりは、やっぱりな、と思った気持ちの方が強かった。 どんな能力かは見当持つかないけれど、ただ消す能力、というのは何だかしっくりこない気がする。 「」 「!?・・・な、なん、ですか」 本を読んでいるとばかり思っていたクロロから急に話しかけられ、私は思わずビク!と肩を揺らしてしまった。 「・・・心あたりはないのか、あの…念に」 「・・・・・・」 「特質系は生まれもっていたら・・・念としては知らずに特殊能力として習得している場合もある。 逆に、後天的に特質系になった場合、なにかのきっかけがあったはずだ。 育ってきた環境・感情・思想・願望、それらに念のどこかが、何かが関連していると言っていい。 自身の感覚、というものを頼っても間違いはないだろう。 つまり、お前自身があの水見式をみたときの直感こそが、発だといっても間違いじゃないということだ」 「…直感」 「お前のことだ、俺の念も知っているのだろう?盗む念能力。 水見式をやって俺が特質だわかった瞬間に、俺の頭にふ、と浮かんだ。 これだ、と思った。特質とはそういうものなのだと、俺は思っているのだが」 「……」 「言いたくないなら言わなくてもいいが」 「…そういうわけ、じゃない、けど。・・・シャルが戻ってきて、から。 確かに、なんとなく・・・はあるんだけど、確信が、ない…」 「あぁ」 そう言ってクロロは目線を本へと戻した。 それから30分ほどたった後、シャルナークが一人の男を引きずるように連れて帰ってきた。 「たっだいまー!」 「15分で帰るとふんでいたんだがな」 パタン、とわざとらしく音を立てて本を閉じたクロロに、彼は口を尖らせた。 「ご期待に沿えず申し訳アリマセン。能力者なんて都合よくいないよ。しかも具現化系って限定してるしさー」 「じゃあやろうか」 クロロの一言で始まろうとした何かに怯えた男は、急に恐慌状態に陥ったのか暴れ始めた。 「ッや、やめろ!離せッ!」 「・・・死にたくないなら静かにしてた方が身のためだよ」 「ひっ!」 シャルナークの有無を言わさぬ殺気に、男の身体は男の意思に反して動きを止めざるを得なかった。 「お前は何を具現化するんだ?」 「…け、剣をッ!」 「ここで具現化してみろ。妙なマネをすれば殺す」 「ッ!」 男は可哀相なくらいに震えながらもその手に剣を具現化した。 文字に表すと、武器を持つ成人した男と丸腰の未成年2人と幼児1人とこちらの立場が明らかに弱いはずなのに、 実際には武器を手にしている男がこの場では弱者であった。それがなんだか可笑しくて笑いそうになる。 「、この剣を消そうと思って、この剣に向かって念をむけることができるか」 「ん…多分」 笑いそうになるのをこらえて、男に近寄る。剣に手をあて、目を瞑り、念を送り込んだ。 クロロもシャルナークも己の念能力を消す能力だと思っている。 水見式の結果がそうなのだから、当然なのかもしれない。けれど、何かが、違うのだ。 消したい、消えろ、なんて思っていない。いらない、こんなものいらない、知らない、と。 そう考えているうちに、いつのまにか先ほどまで手のひらにあったはずの硬質で冷たい感覚がなくなっていた。 「念で具現化したものも消すことができるみたいだな」 「だね。除念とかにも使えたりするのかな」 「・・・さぁ。使えれば便利なことこの上ないが・・・レアであるのは確かだ」 「――…あの、もう一回、剣を出してもらえますか?」 男性がはじかれたように顔を上げたので、目が合う。その目は怯えていた。 シャルナークはの意図するところがわからずに、首をかしげていた。 クロロは無表情にこちらを見ていた。 「もう一度、出してみてください」 男はの後ろにいるクロロやシャルナークの顔色を窺って、慌てて再び剣を具現化した。 はもう一度、先程と同じように、剣に手をあてた。 けれど、目はつぶらなかった。念を送り込むと、同じように剣は消えた。 男の浅い呼吸だけが聞こえる中、が口を開いた。 「…剣は、出せますか」 「?何で同じこと・・・」 「…――ぁれ・・・え?」 シャルナークの質問を、より小さな声であったにもかかわらず男が遮った。クロロが目を見開いた。 男は驚愕し、震えているというより動かしているというくらいに手を震わせ、その額からは汗が一瞬にして吹き出ていた。 「え、ぁ、え、・・・!?」 「多分、もう出ないと思います」 「…な、な、なんで…」 「・・・ごめんなさい」 この中で唯一、落ち着いていたの声が、とても不自然だった。 |