鍵を架ける
トタタタ・・・ 階段を駆け下りる音がする。この音を聞き始めて、もう一週間になった。 最初は転び落ちてしまわないだろうかと、ハラハラしたその音だが、 今ではほんのりとどこか嬉しくなる自分がいた。 「おはよう、パク!」 「・・・おはよう、」 にっこり微笑むと、も嬉しそうに笑ってくれる。 その笑顔に癒される、と言ったらこの子はどんな反応を示すのだろう。 きっと、最初はきょとんとして、戸惑って、嬉しそうに照れて、 聞こえるかどうかの小さな声でお礼を言うのだろう。 容易に想像できるそれに、私はまた、笑みをこぼした。 「今日も早いのね、」 「パクはもっと早いでしょ」 「そうね。癖、かしらね」 早起き、そんな癖などないことを、誰より自分が一番よく知っていた。 ちょうど一週間前、たまたま早くに目が覚めたところに、と出くわした日からできた“癖”だ。 何をするのか に問えば、朝ご飯を作るというから、驚いたものだ。 その日からできた新しい習慣。 この朝の時間を、私は楽しみにしていた。 二人っきりで話せる、ゆっくりと流れる時間。毎日1時間にも満たない時間であるのに、充実しているといえた。 「今日は、何にするの?」 「今日はねー、和食!昨日ね、シャルと買い物に行って、食材いっぱい買ってきたから!」 「ワショク?」 「・・・あ、そっか。うん、私の故郷の料理、なの。口に合うかどうかはわかんないけど、でもシャルにも好評でね、それで・・・」 「私も、お手伝いできるかしら?」 「うん!」 傍から見れば、私が作るのをが手伝っているように見えるだろうが、本当は違う。 私がの手伝いをしているのだ。 手伝うとかえって邪魔なのでは、と思わせるほどに、驚くほど彼女は料理の手際がよかった。 が朝ご飯を作り始めて一週間。キッチンは驚くほど性能が良くなっていた。 団員があれやこれやと盗ってきて、しかも背の低い用に台まで手作りしたのだから相当なものだ。 いつもなら仕事が終わると、各自勝手気ままにどこかへ行く団員が、 今だホームに残っているのは、この子がいるから。 幼い頃はまだしも、旅団を結成してからは、お互いに干渉せず、よそよそしくはないけれど、 どこか距離を置いて、馴れ合いをしなかった私たちが、 一週間ほど前から、誰かが言い出したわけでもないのに 食事を共にしたり、ゲームをしたりと時間を共有しているのは、この子がいるから。 昔に戻ったようで、嬉しく思っているのは、きっと私だけじゃないのだ。 面白くないのは、シャルナークだけだろう。 最近の彼の荒れようを思うと笑いがこみ上げてくる。 あからさまに機嫌が悪いし、それを隠そうともしない。を溺愛しているのがわかる。 他の団員はそんなシャルナークを面白がって、余計ににちょっかいを出すのかもしれない。 彼は本来ならば、寝起きは悪くない方であったのに、が起こしに行くまで起きないのがその証拠だろう。 「ワショク、ってどういうものなの?」 「ライスと味噌・・・ってわかる?」 「ミソスープ?」 「そう!」 「あぁ・・・ジャポンね。ノブナガがどっぷりハマってる小さな島国の料理じゃないかしら?」 「多分そう、だと思う。みんなの口に合えばいいんだけど・・・」 「あら、大丈夫。が作るものは何でも美味しいわ」 「・・・ありがとう」 照れてプイっと他所を向いてしまった彼女の耳が赤くなっているのを見て、幸せな気持ちになる。 出会ったときに垣間見た記憶の中の彼女は、絶望と諦めに足を囚われ、 光を望みながらも、それを失ってしまうのを恐れて手を伸ばせない、そんな子だった。 根本は変わっていないのかもしれないし、彼女は今でも何かを恐れているのかもしれない。 でも、彼女はもう、あの沼には足を囚われてはいないだろうと、思う。 「ねぇ、私は何をすればいいかしら?」 願わくば彼女が幸せであるように。 人の幸せを、信じてもいない神に祈るくらいに願ったのは、初めてだった。 |