鍵を架ける
ここ数年では嗅ぐ機会に恵まれなかった、懐かしい匂いによって意識が浮上する。 かすかに聞こえる、故意に抑えられた、けれど楽しそうな声を不快に思うどころか、 ニヤける口元を誰が見ているわけでもないのに押さえた。 二度寝する気にもならず、身体を起こし、首をゴキと鳴らす。 最近は不思議にも、朝起きることが、面倒臭くなくなっていた。 「あ、ノブナガさん。おはようございます」 「オゥ」 シャルナークが連れてきたときは、目の前の幼女に何の興味も関心も湧かなかったというのが正直な本音だ。 フェイタンの攻撃を避けたことに対して、見た目よりやるなぁと思っただけで。 マチやパクとは顔見知りだったことは窺えたが、それでもこちらの顔色を見てビクビクしている姿に、好感を抱かなかったことだけは覚えている。 すぐにいなくなるだろうから気にかける必要はないという予想を裏切って、シャルナークとそいつはホームにしばらく留まることにしたらしい。 その事実を知ったのは、翌日に、そいつ、が朝飯を作っていたことで知ったのだが。 起きてみると、シャルナーク、パクノダ、マチ、シズク、クロロ、フェイタンが食卓について優雅に食事をしていたのだ。 そんな構図を見て、思わずあいた口が塞がらないとはこのことか、と実感するくらいには驚いたものだ。 「おー!和食か!すげぇなオメェ!こんなもんまで作れるのか!」 「…ありがとうございます」 嬉しそうに笑うの頭をガシガシ撫でた。 仕事が終わってから、ホームに残ることは自分にとっては珍しいことだった。 いつもなら仕事が終われば、長居はせずに色々な地を放浪していたのにもかかわらず、だ。 飯が旨くて退屈しないのだ、別に動く必要はない。 「…早いのね、ノブナガ」 「オゥ、パク。オメェの方が今日も早ェじゃねぇか。」 「のお手伝いをしてるの」 「へぇー・・・知らなかったな」 「あ、あの食べますか?ご飯、よそおいますけど…」 「オゥ、よろしく」 「…早く起きたんなら、手伝いなさいよ」 「うっせ」 「い、いいですよ!私が好きでやってるんですから、お気になさらず!」 俺は――いや、俺も、この一週間でを気に入っていた。 「みんな早いな」 「あ、おはようございます」 「あぁ、おはよう」 「オゥ、オメェも十分早いぜ、クロロよ」 「お前の声が騒がしくて目が覚めたんだよ。多分、俺だけじゃない」 その言葉の通り、クロロの後に続くかのように次々と団員がキッチンに集まってきた。 「これ、何?」 「和食。うめぇぜ?」 「あんたには聞いてないよ」 一足先に食べて始めたことに対してか、それとも寝起きからか、マチの眉間にはしわが寄っている。 それが、ふと緩む。何事かと思ってすぐ、その何かに思い当たり、口の端が上がった。 「おはようマチ!」 「おはよ。ワショクって?」 「私の故郷の料理なの。口に合うかはわかんないけど…」 「アンタが作ったもんは旨いよ」 「…ありがと」 その後もフェイタン、コルトピ、と続々と集まる団員に、は多少の怯えはあるものの、わけ隔てなく挨拶する。 そんな姿勢を、俺は気に入ったのかもしれない。 ただ、ここ数日のことだが、最初に食べ始めた自分がが食べ終わり、他の団員が食べ始めても、は食べようとはしなくなっていた。 それどころか、そわそわと、どこか落ち着きがなくなっていくのだ。ここ数日で見慣れた光景だった。 「いいわよ、。あとは私がやっておくわ」 「…うん、いつもありがとう」 「あら、お礼をいうのはこっちだわ。毎日、朝ご飯を作ってくれてありがとう」 嬉しそうに笑うとはシャルナークの部屋へと続く廊下へと消えた。 朝食を作ると一緒に食べることがなくなったのは、ここ数日寝起きの悪いシャルナークのせいだった。 「アイツ、あんなに寝汚い奴だったっけか?」 己としては素朴な疑問を呟いたつもりだったのだろうが、フィンクスが呟く言葉に呆れる。 それは自分だけではなかったのか、皆が一様にフィンクスのほうを見ていた。 「な、なんだよ」 「・・・猫を招いてるんだよ」 何を今さらというようにクロロが言ったのだが、その内容が意味不明だったのだろう。 ない眉を寄せるフィンクスに、溜息しか出てこない。 「…ハァ?どういう意味だ?」 「見た目どおり馬鹿だね、アンタ」 「んだと、マチ。じゃあテメェはわかんのかよ」 「当然だろ」 「安心するよフィンクス。シャルも馬鹿ね」 「何オメェまで訳わかんねぇこと言ってんだフェイタン」 「シャルもまだ青ェってことだ」 「ハァ!?」 そのときそこにいた全員が何を思ったか、確かめる術はないが、きっと全員がフィンクスを哀れんでいただろう。 少なくともとも俺は、そう思った。 どうしてアレがわからないのか。 俺は、この一週間ほどで、 を気に入っていた。だが、いや、だからこそ、なのか。 だからこそ、わかったのかもしれない。 一般に鈍い方に分類される自分がわかるくらい、それくらい、あの二人は危うかった。 |