鍵を架ける


見上げた満天の星空は、新月であるせいか、さながら最新のプラネタリウムのようだ。 はそう考え皮肉げに哂った。少なくとも己の中では疑似たものが本物に為り変わっているという事実に。





何もなかったはず空間に突如として現れた気配に一瞬身をこわばらせるも、 そこからよく見知った空気を見い出すと、たちまち警戒から成った緊張は歓喜のそれへと姿を変えた。 振り返るとそこには予想を裏切らぬ結果がある。


「シャル、ナーク…」


は囁くようにその名を呼んだ。
この口が、この声が、狂おしいほど愛しいその名を呼べることにどれだけ倖せを感じているか、彼が知るはずがない。 どんなに大事にされ、可愛がられようとも、不安に押し潰されそうになる。 捨てられたらどうしよう、新しい猫を飼うからいらない、と言われたらどうしよう。

それが現実になるのなら、知らないうちに殺してほしいとは常日頃から思っていた。

尽きることを知らぬ溢れん欲。彼に愛されたい。彼の唯一になりたい。
それを願うことさえおこがましいと知っていながら。


、どうしたの」


浅ましい己の願いが言えるはずもなく、真実ではないが嘘でもない答えを言った。


「…星がきれいだったから」


その答えに満足しなかったのか、シャルナークは眉を顰めた。


「まぁ新月だからいつも以上に見えるだろうね。…で?」
「…?」
「何してたとはきいてない。そんなの見てればわかる。俺は、どうしたのか、って訊いたの」
「…」


必死で微笑みを作っていたのに。どうしてそれを壊そうとするのだろう。
どうしてこんな簡単に崩れてしまうのだろう。
顔が歪むのが止められない。すぐに、鼻がツンとし始め視界がぼやけてくる。
手を、伸ばして、まるで体当たりをするように、シャルナークの胸に飛込んだ。


「――てないで」


小さく、呟いた本音。一度躰の外へと出すのを許してしまった感情は溢れるばかりで。


「――すてないで」


先程より幾分かしっかり発音されたそれに、シャルナークが笑ったのか空気の震えを感じた。


「…バカだなぁ」


そう言いながら背中に回されたシャルナークの腕を感じて、その胸に閉じ込められて、の泪は勢いを増した。


「そんなこと考えてたの?捨てられるかも、って思って、不安になって、泣いてたの?」
「…泣いてない」
「意地っ張りめ」


髪をすく彼の手が、ひどく心地いい。それだけで、与えられたもので、満足すれば良かったのに。


「…俺は、クロロみたく飽き性じゃないよ。一度気にいると、とことん溺愛する質でね。むしろしつこいよ?だからがしてる心配は無用っていうか無駄っていうか……聞いてる?」


コクり、と頷く。


「…でも理解ってないだろ。は疑り深いからなぁ」
「…そんなことない」
「ある」
「ない」
「嘘ばっか」
「…」


シャルナークの心臓の音が響く。それはずっと一定で、彼が生きていることを示している。


「俺が人間にこんなに執着したのは、冗談じゃなく初めてだよ。手にいれたいと思ったのは、だけだ。他に言いたいことは?」
「飽きないなんて保証ない」
「強情だね」
「…・・・」
「じゃあなんて言えば納得する訳?は何言っても信じようとしないじゃん」

「…捨てるくらいだったら、飽きたっていうくらいなら――」


言い終える前に痛いくらい抱き締められる。


「ほんとバカ」
「ッ…!」


救いようのないバカだね、と続けられ、握ったシャルナークの服をぐ、と引っ張った。


が俺から離れるときは、が死ぬときだけだ。の死に方はもう決まってる。俺に殺されるの。 逃がしてなんかやらない。勝手に死ぬことなんか許さない。 俺が死ぬときは連れて逝く。が死にそうになったらその前に俺が殺す。の生だけじゃない。死も俺のものだ。約束するよ。もし万が一、俺がに飽きたり、捨てたり――まぁありえないけど…そんなことするくらいなら殺す、って。 ――…ただその代わり、も誓って。俺から逃げないって。逃がす気なんてさらさらないけどそれでもの口から聞きたい」

「…逃げない。そんなことするはずがない。私はシャルが許してくれる限りここにいる。それがいい。それがほしいの。他には何もいらない。シャルさえいれば…シャルしかいらない」


抱き締められる力が、これ以上ないというくらい強くなる。痛いどころか、呼吸さえも危ういそれが、ひどく甘く、心地よい。


「熱烈な告白ありがとう。…契約成立、だね」
「破棄 しないで、ね・・・」
「まだ言うか!」
「…・・・」

こそ、俺にここまで言わせといて、自由になりたいとか言い出したら、 冗談じゃなく殺してでも行かせないから覚悟してよ。言い損はごめんだからね」
「そんなの絶対ないもん」
「…そうであると祈ってるよ」



自らが入ったその籠に、何重にも鍵をかけて、と私は鳴いた。

彼は仕方がないなぁと笑いながらもいくつも、いくつも鍵をかけた。


私がこの籠を出ることはない。

狭い世界しかほしくない。

籠の中から垣間みえる大空に希望などない。

自由が魅力的ではないだけ。

私に餌を与えるこの指があれば

私を撫でるこの手があれば

そこが私の楽園。



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